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不安症 治療

不安障害の身体症状―動悸や息苦しさの正体を知る

坂田亮介
2025年10月11日

動悸、息苦しさ、めまい...不安障害が引き起こす身体症状は多彩です。なぜ心の問題が体に現れるのか、そのメカニズムと対処法を解説します。

はじめに

「動悸がして、胸が苦しい」「息ができなくなる感覚がある」――こうした身体症状で内科を受診したものの、検査では異常が見つからない。そんな経験はありませんか?実は、不安障害は心の問題でありながら、様々な身体症状として現れることがあります。本記事では、不安障害の身体症状のメカニズムと、効果的な対処法をご紹介します。

不安障害とは

不安障害は、日常生活に支障をきたすほど強い不安や恐怖を感じる状態です。適度な不安は私たちを守る正常な反応ですが、過剰になると心身に様々な影響を及ぼします。

主な不安障害の種類

  1. 全般性不安障害

    • 日常の様々なことに過度に心配
    • 心配をコントロールできない
    • 6か月以上持続
  2. パニック障害

    • 突然の強い不安発作
    • 発作への恐怖から行動が制限される
    • 予期不安や広場恐怖を伴う
  3. 社交不安障害

    • 人前での強い不安や恐怖
    • 社交場面を避ける
    • 日常生活に支障
  4. 特定の恐怖症

    • 特定の対象への過度な恐怖
    • 回避行動

なぜ不安が身体症状を引き起こすのか

自律神経系の働き

不安と身体症状の関係を理解するには、自律神経系の働きを知ることが重要です。

自律神経系の2つのシステム:

  1. 交感神経: 「闘争・逃走反応」を担当

    • 危険に対処するため体を緊張状態にする
    • 心拍数増加、呼吸促進、血圧上昇
    • アドレナリン、ノルアドレナリンの分泌
  2. 副交感神経: リラックス・回復を担当

    • 体を休息モードにする
    • 心拍数低下、消化促進
    • 平常時に優位

不安時の身体変化

不安を感じると、脳の扁桃体が「危険信号」を発し、交感神経が優位になります。これは本来、実際の危険(ライオンに遭遇など)から身を守るための反応です。

しかし、不安障害では実際の危険がない状況でもこの反応が起こるため、様々な身体症状が現れます。

不安障害の主な身体症状

1. 循環器系の症状

動悸・頻脈

  • 心臓がドキドキする、早く打つ
  • 胸が苦しい、圧迫感
  • 脈が乱れる感覚

メカニズム: 交感神経の活性化により心拍数が増加し、血流が増える。これにより心臓の拍動を強く感じる。

対処法:

  • ゆっくりとした深呼吸
  • 「危険ではない」と自分に言い聞かせる
  • 冷たい水を飲む

2. 呼吸器系の症状

息苦しさ・過呼吸

  • 呼吸が浅く、速くなる
  • 空気が吸えない感覚
  • 息が詰まる感じ

メカニズム: 不安により呼吸が速くなり、血中の二酸化炭素が減少(過呼吸)。これがさらに息苦しさを増幅させる悪循環に。

対処法:

  • 意識的にゆっくり呼吸
  • 4秒吸って、6秒吐くリズム
  • 紙袋呼吸(※医師の指導下で)

3. 消化器系の症状

胃腸の不調

  • 吐き気、胃痛
  • 下痢、便秘
  • 腹部の不快感
  • 食欲不振

メカニズム: 交感神経が優位になると、消化機能が抑制される。ストレスホルモンの分泌により胃酸が増加。

対処法:

  • 消化の良い食事
  • 規則正しい食事時間
  • カフェイン、アルコールを控える
  • ストレス管理

4. 神経系の症状

めまい・ふらつき

  • 立ちくらみ
  • 頭がぼーっとする
  • 体が揺れる感覚

メカニズム: 過呼吸による血中二酸化炭素の減少や、血圧の変動により平衡感覚に影響。

対処法:

  • ゆっくり座る・横になる
  • 深呼吸でリラックス
  • 水分補給

頭痛・頭重感

  • 緊張性頭痛
  • こめかみや後頭部の痛み
  • 頭が重い感じ

メカニズム: 筋肉の緊張により頭痛が発生。ストレスホルモンの影響も。

対処法:

  • 首や肩のストレッチ
  • 温めたタオルで筋肉をほぐす
  • 適度な休息

5. 筋骨格系の症状

筋肉の緊張・こり

  • 肩こり、首のこり
  • 背中の痛み
  • 手足のしびれ
  • 顎の緊張(歯ぎしり)

メカニズム: 交感神経の活性化により筋肉が持続的に緊張状態に。

対処法:

  • ストレッチ、ヨガ
  • マッサージ
  • 温浴
  • 適度な運動

6. その他の症状

発汗

  • 手のひら、脇の下の発汗
  • 全身の冷や汗

手足の冷え・しびれ

  • 末端の血流減少
  • ピリピリした感覚

頻尿

  • トイレが近くなる
  • 排尿時の不快感

疲労感・倦怠感

  • 慢性的な疲れ
  • 体がだるい

身体症状と心の症状の悪循環

不安障害では、以下のような悪循環が起こりやすくなります:

不安・恐怖
    ↓
身体症状(動悸、息苦しさなど)
    ↓
「重大な病気では?」という心配
    ↓
さらなる不安の増幅
    ↓
症状の悪化

この悪循環を断ち切ることが、治療の重要なポイントです。

医療機関での診断プロセス

1. 内科的検査の重要性

まずは内科で身体疾患を除外することが重要です:

主な検査:

  • 血液検査(甲状腺機能、貧血など)
  • 心電図、心エコー
  • 胸部X線
  • 必要に応じてCT、MRIなど

2. 精神科・心療内科での診断

身体的な異常が見つからない場合、精神科・心療内科での評価が有効です:

  • 詳細な問診(症状の経過、きっかけ、生活状況)
  • 不安障害の診断基準に基づく評価
  • 他の精神疾患の除外
  • 心理検査(必要に応じて)

治療方法

1. 薬物療法

SSRI/SNRI(抗うつ薬)

  • 脳内のセロトニン、ノルアドレナリンのバランスを整える
  • 不安を根本から軽減
  • 効果発現まで2〜4週間
  • 長期的な治療に適している

抗不安薬(ベンゾジアゼピン系)

  • 即効性があり、急な不安に効果
  • 短期間の使用が原則
  • 依存性に注意が必要

β遮断薬

  • 動悸、手の震えなどの身体症状を軽減
  • 必要時のみ使用

2. 認知行動療法(CBT)

認知の修正:

  • 「動悸=心臓病」という過度な解釈を修正
  • より現実的な考え方を学ぶ

曝露療法:

  • 恐れている状況に段階的に慣れる
  • 回避行動を減らす

リラクゼーション訓練:

  • 呼吸法、筋弛緩法の習得
  • セルフケアスキルの向上

3. 生活習慣の改善

規則正しい生活:

  • 一定の睡眠時間の確保
  • 朝の日光浴
  • バランスの取れた食事

運動習慣:

  • 週3回、30分程度の有酸素運動
  • ヨガ、ストレッチ
  • 自律神経のバランス改善

カフェイン・アルコールの制限:

  • カフェインは不安を増強する可能性
  • アルコールは一時的な緩和後、悪化することも

4. セルフケア技法

呼吸法(4-6呼吸法)

  1. 鼻からゆっくり4秒かけて吸う
  2. 口から6秒かけて吐く
  3. 5〜10回繰り返す

グラウンディング技法(5-4-3-2-1法)

  • 目に見えるもの5つ
  • 聞こえる音4つ
  • 触れているもの3つ
  • 匂いがするもの2つ
  • 味がするもの1つ

マインドフルネス:

  • 今この瞬間に意識を向ける
  • 判断せずに観察する
  • 不安から距離を取る

日常生活での工夫

症状が出たときの対処

  1. 安全な場所に移動: 座る、横になる
  2. 深呼吸: ゆっくりとした呼吸を意識
  3. 自己対話: 「これは不安症状で、危険ではない」
  4. 気をそらす: 好きな音楽、数を数える
  5. 冷たい水を飲む: 自律神経のリセット

予防的なケア

  • ストレス管理: 無理をしすぎない
  • 十分な休息: 睡眠の質を高める
  • サポートシステム: 信頼できる人に相談
  • 記録をつける: 症状のパターンを把握

家族・周囲ができること

理解とサポート

  • 症状は本物であり、気のせいではない
  • 「気の持ちよう」「気にしすぎ」などの言葉は避ける
  • 話を聞く姿勢を持つ

緊急時の対応

パニック発作時:

  • 落ち着いた態度で接する
  • 「大丈夫、すぐに治まる」と安心させる
  • 深呼吸を一緒に行う
  • 無理に励まさない

受診の促し

  • 専門医への受診を勧める
  • 必要に応じて受診に付き添う
  • 定期的な通院をサポート

よくある質問

Q1: 検査で異常がなくても、症状は本当にあります。気のせいなのでしょうか?

A: 決して気のせいではありません。不安による自律神経の乱れは、実際の身体症状を引き起こします。心と体は密接につながっており、心の問題が体に現れることは医学的に証明されています。

Q2: 薬を飲まないと治らないのでしょうか?

A: 軽度の場合は、認知行動療法や生活習慣の改善だけで改善することもあります。ただし、日常生活に支障がある場合は、薬物療法と併用することで早期改善が期待できます。

Q3: この症状は一生続くのでしょうか?

A: 適切な治療により、多くの方が改善します。完全に症状がなくなる方も多く、再発予防も可能です。早期治療が回復への近道です。

Q4: 動悸がするたびに救急車を呼ぶべきか迷います

A: 不安障害と診断されている場合、通常のパニック発作であれば救急受診は不要です。ただし、以下の場合は救急受診を検討してください:

  • 胸痛が10分以上続く
  • 呼吸困難が重度
  • 意識障害がある
  • いつもと明らかに違う症状

まとめ

不安障害による身体症状は、決して「気のせい」ではなく、自律神経系の乱れによる実際の症状です。動悸、息苦しさ、めまいなど多彩な症状が現れますが、適切な治療により改善が期待できます。

重要なのは:

  1. まず内科で身体疾患を除外する
  2. 精神科・心療内科で適切な診断を受ける
  3. 薬物療法と認知行動療法を組み合わせる
  4. セルフケアスキルを身につける
  5. 無理をせず、休養を取る

当院では、不安障害の身体症状に悩む患者様に対して、丁寧な問診と適切な治療を提供しています。「検査では異常がないのに症状が続く」「動悸や息苦しさで困っている」という方は、お気軽にご相談ください。心と体の両面からアプローチし、症状の改善をサポートいたします。

坂田亮介

著者

名東メンタルクリニック 院長
精神保健指定医・日本精神神経学会専門医

医学的監修済み (2025年10月11日)

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